01SRI・ネリカは希望の星

食糧不足と言えば、アジアだけでなく、アフリカも食糧難や環境破壊を心配する声を聞きますが。

マダガスカルでのSRI水田の調査

ええ。アフリカの焼畑は、アジアよりさらに深刻です。ラオス同様、焼畑のサイクルが短くなっているうえに、気候が乾燥しているので、植生が回復しにくい。牛などの放牧もおこなうので、緑は減る一方。政情も不安定ですしね。

僕の教え子は、西アフリカやマダガスカルにも行っています。マダガスカルでは、2年前から、SRIという稲作技術の実態調査をしています。これは、System of Rice Intesificationと言って、1980年代にマダガスカルで始まったコメの増収技術です。


マダガスカルのイネづくりですか。技術を開発したのはどんな人なのでしょうか。

それがじつはマダガスカルにいた神父さんなんです。マダガスカルはかつてフランスの植民地で、今から40年以上前、この島にフランス人のロラニエ神父(Henri de Laulanie。1920〜95年)という人が赴任してきたんです。この人は、貧しさにあえぐ島民を見かねて、主食のコメの増産を決心したんですね。「この国に必要なのは、7人の神父を育てるより、1人の農学者だ」と言って。

この人は国立農学校を卒業していて、農業の基本知識をもっていましてね。20年にわたって島の水田や農作業の様子を観察し、自分でも実験して技術を開発しました。きっかけはある干ばつの年に、たまたまいつもよりも遅い時期にイネを1本植えしたら、根がよく発達して、予想外に収量がよかった。これがヒントになったんです。

1本植えで収量がよくなるSRIとは、どのような技術なのですか?

SRI稲作のイネ

品種はそれまで島で育てていたものと同じ在来種ですが、まず植え方が違います。植える苗は種まき後10日くらいのもの(稚苗)を植えます。
苗の株と株の間はふつうよりも広い25cmほど(疎植)。こうして植えた苗は、分げつがよく、1つの株からたくさんの茎が育ちます。だから、種もみの量も少なくてすむ。また、穂のもとになる幼穂が茎の中にできるまでは、田んぼに水を張らないので、節水もできる。

そのほかにも、牛の糞など有機物をたくさん投入して土づくりもします。2人がかりで田んぼを40cmも深く耕したり、排水溝を掘って、慎重に排水したりというやり方も組み合わせてイネを育てる、こうした様々な作業を組み合わせて体系化した栽培方法をSRIと呼んでいます。熱帯高地で気候がよいこともありますが、この方法で育てた結果、1haあたり15tもの収量があったという報告もあります。


SRIはマダガスカル以外にも普及しているのでしょうか。

現在は、インドネシア、フィリピン、カンボジア、インド、ネパール、スリランカなどざっと15カ国でおこなわれています。でも、当初は、島の農民にさえもなかなか受け入れられなくて、神父が亡くなった後は、神父の信者だった農家が受け継いで、ほそぼそとやっていたんです。それが、コーネル大学の研究グループがおこなった調査で、多収の効果が実証されて、同大学が民間の団体とともに積極的に普及し、広まったんです。

ただし科学的な根拠に欠けていると言う論争もあります。IRRIの試験場の圃場では成果が見られなかったとして、この結果をもとに2004年に雑誌『NATURE』に批判記事が出ました。

先生ご自身は、SRIをどのように受け止めておられますか。

実際に学生を連れてマダガスカルに行って調べましたが、少なくともホラ話ではない。1haあたり15tとはいかないまでも、10tくらいの収量は確保しています。それと、調べれば調べるほど、これは日本の篤農技術に似ているんです。
昔の熱心な農家は手間をかけて、疎植でイネを育てていましたから。僕は、どうも日本人が、どこかでもっとずっと以前に、マダガスカルの農民にイネづくりを教えてあげたんじゃないかともひそかに思っているんですよ。

また、ロラニエ神父は、九州大学の教授だった片山佃博士の分げつ理論(※)を読んで、SRIの理論的背景として参考にもしているんですね。現地で農民から話を聞くと、カタヤマサン、カタヤマサンと、名前がよく出てくるんですよ。

2004年の国際作物学会で、僕は、途上国の食糧難を解決する技術のひとつはこれだと、SRIを弁護したんですよ。そしたら、あちこちから非難されました。欧米の農学者は日本の熱心な農家がどうやってイネづくりをしていたかなんてことには詳しくないですからね。

SRIは、農薬や化学肥料などにあまり依存しませんから、貧しい農民でも取り組めますし、水資源に乏しい地域でも実践できる。田んぼに水を溜めないので、メタンの放出も抑えられます。マダガスカルは野生動物の宝庫ですから、食料自給率のアップと環境保護とが両立できると言う意味でも、注目すべき農法です。

通常の方法で栽培した水田(写真左側の田んぼ)、SRI技術で栽培した水田(写真右側の田んぼ)


SRI以外の最近の研究成果についても教えていただけますか。

ネリカ(New Rice for Africa)が希望の星ですね。これは、国際機関のWARDA(West Africa Rice Deveropment Association=西アフリカ稲作開発協会)が開発した新しい品種です。アジアとアフリカの在来種を異種交配したもので、アフリカの環境に適しています。日本の政府が今、その普及を積極的に支援していて、私はWARDAの委員として、ネリカ米の開発普及にも関わっています。

西アフリカは、世界で一番貧しい地域なんですよ。だから、内戦が絶えない。西アフリカにあるシェラレオネ共和国では、病気で死ぬか、戦争で死ぬかで、平均寿命が20数歳です。西アフリカの多くの国は、伝統的につくられてきた雑穀、根菜、イモ類に代わって、現在はコメが主食になりつつある。
しかし技術も肥料もないから、生産量が上がらない。人口は増える。西アフリカ一帯だけでも、年間数千億円ものコメを輸入しています。国民1人あたりの年収が300ドル。1日1ドル以下ですよ。そこに多額のコメの輸入で、経済は圧迫されていく一方です。

貧しいと、子どもたちは、食べられないだけでなく、教育も受けられない。学校を作っても、農作業を手伝わないといけないから、学校へ出てこない。貧困からの脱出を図るには、最低限、コメだけでも自給できるようにしなければ。その希望の星がネリカなんです。

西アフリカ・ベニンでトウモロコシと間作されたネリカ

アフリカイネ・グラベリマ(ネリカの親)

アフリカイネとアジアイネの雑種(ネリカ4号)

 

プリントアウト

印刷用ダウンロード

PDF形式(560KB)

(※)片山博士の分げつ理論=『稲・麦の分ケツ研究 稲・麦の分ケツ秩序に関する研究』51年。葉が四枚出るごとに、分げつするというもの。

[Page-Top]                                     [前頁]←  →[次頁]